歌舞伎俳優・四代目市川猿之助が両親の自殺幇助の容疑で逮捕されました。かつては一家心中の生き残りだけで済まされていましたが、現代では殺人、あるいは殺人幇助と罪になるようです。歌舞伎界でもトップの人気と実力を持つ猿之助がなぜ一家心中を選べばならなかったのか? それはスーパー歌舞伎が掲げる理想と現実に著しいギャップがあったからではないでしょうか。
汚れなき理想と血統を問わない平等精神が澤瀉屋のスピリットだったが……
そもそも先代猿之助(現猿翁)が立ち上げたスーパー歌舞伎の中心メンバーは市川右團次(元は右近)や市川笑也など元々歌舞伎の門閥の出身でない俳優たちでした。先代は門閥を気にする歌舞伎の古い慣習では絶対に主役を務められない俳優たちをメインキャストに抜擢して歌舞伎界の古い掟をぶち壊していきます。しかし、その中でもやはり伝統の芸を支えていたのが他ならぬ澤瀉屋の血筋を継いだのが現猿之助(当時亀治郎)とその父段四郎でした。経験と実績のない俳優たちがいない中、実力で支えるのが先代の弟・段四郎と甥・亀治郎だったのです。
門閥を重視しないのであれば、本来なら澤瀉屋の筆頭の弟子であった現右團次か笑也が四代目猿之助を継ぐことになっていたのかもしれません。現に亀治郎・段四郎は一時期猿之助一門を離脱し独自に活動しています。
ところが、澤瀉屋に急転直下の出来事が起きます。先代と長男・香川照之が長年の絶縁状態をのりこえ、交流することになり、香川が市川中車に、香川の長男が團子を襲名します。先代が病に倒れたことで、再び門閥重視の風土に逆戻りします。亀治郎が呼び戻されて、猿之助を襲名します。
先代が作り上げたスーパー歌舞伎のテーマは高き理想と階級のない団結です。「ヤマトタケル」「新・三国志」の主人公が求めるのは戦争や差別のない理想の世界です。いささか現実離れした理想を追い求めるがために常にさすらい戦いの人生を送ります。主人公の仲間達は
身分や血筋を超越した団結力を誇っています。舞台そのものがまさに門閥を超えた澤瀉屋の理念をそのまま具現化したものでした。
その気恥ずかしい位の理想主義は、「少年ジャンプ」の漫画とリンクします。四代目はスーパー歌舞伎の世界とジャンプ漫画との共通点を感じ取り、スーパー歌舞伎Ⅱとして「ONE PIECE」、さらに「鬼滅の刃」も歌舞伎化する予定だったようです。
しかし、その裏には理想とかけ離れたパワハラとセクハラがあったようです。仲間となれば「序列はなくみんな平等」という麦わらのルフィが弟子を家畜扱いしていたとしたらしゃれにもなりません。
もしスキャンダルが事実だとすれば、舞台を作り上げた自らが、作品の理念を裏切るような行為です。スーパー歌舞伎に人生を賭けて、結果病に倒れた先代猿之助にも顔向けできない事態です。
一家心中を決意したのも、無理からぬことかもしれません。